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東京高等裁判所 昭和36年(う)510号 判決 1961年7月04日

控訴人 被告人 岡田勝男

弁護人 緒方勝蔵

検察官 屋代春雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

論旨は、原判決は被告人が昭和三五年一一月一七日午後一一時一〇分頃、東京都台東区竜泉寺町一一九番地鷲神社前で、林良彦の着用していた背広右外ポケツト内から同人所有の三越の買上券一枚をすり取つて窃取したとの事実を認定し、この所為を窃盗罪の既遂としているのであるが、窃盗罪における財物は保護に値する使用価値を有することを必要とするところ、右買上券は物品価格相当の金銭を支出した事実を証明するに過ぎず社会通念上独自の使用価値を有するものではなく、また所持者にとつて主観的の価値あるものでもないので、この券は法の保護に値する財物ではないから、被告人の所為は窃盗未遂であつて、これを既遂とした原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

記録によれば原判決が所論のとおりの事実を認定し、これを窃盗罪の既遂としたことは明らかであるので、右窃取の目的物である買上券が刑法第二三五条にいうところの財物に当るかどうかの点につき考察する。

本件の買上券なるものは、百貨店が顧客に対して発行した買上商品に対する代金の支払を証明する文書であつて、それ自体の性質からしても所論のように独自の使用価値なしとすることはできず、また、その商品の返品、交換等に際しても、これが当該店舗で買つたものであることを証する資料となることは、われわれの日常経験するところであつて、これをもつて法律上保護に値する使用価値なしとすることはできない。もつともいわゆる買上券がその発行後相当の日時を経過し、或は金額が極めて少く、社会通念上、一片の廃紙として認められる場合は別に考えられないこともないが当審の証人林良彦の供述によれば、本件買上券は同人が被告人に窃取される一〇日ばかり前三越で七〇〇円の目覚時計を買つた際受け取り、ポケツトに入れておいたものであることが認められるのであつて、社会通念上、これを一片の廃紙として法の保護に値いする使用価値を有しないものとすることはできない。然らば、本件買上券は法の保護に価する使用価値を有し、窃盗罪の客体である財物に該るものと認められるから原判決が右買上券を窃取したことを認定して、これを窃盗罪の既遂としたのは相当であり、この点に事実の誤認はないから、論旨は理由がない。

(裁判長判事 加納駿平 判事 村木達夫 判事 河本文夫)

弁護人緒方勝蔵の控訴趣意

原判決は判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。

原判決は「被告人は昭和三十五年十一月十七日午後十一時十分頃、東京都台東区竜泉寺町一一九番地鷲神社前に於て、林良彦の着用せる背広右外ポケツト内から同人所有の三越御買上券一枚を、すり取り窃取した」と犯罪事実を認定して被告人に窃盗既遂の責を負わせるのであるが、判例に於ける財物の概念は、財産権ことに所有権の目的となり得べき物をいい、金銭的ないし経済的価値を有するや否やは、問うところでない。と言つているが(昭和二五、八、二九最判)、それ以前に於て、財物は必ずしも、交換価値を有することを要しないが保護に価する使用価値を有することは必要としている(昭和二、七、四最判)その財物の使用価値は非経済的価値又は単なる主観的価値でもよいであろうが、本件に於て被告人が窃盗し、起訴された犯罪事実に於ける財物は、三越百貨店の買上券一枚である。果して、この買上券なる物が法律上保護に値する物であろうか、この買上券は、物品価格相当の金銭支払事実を証明するに過きず、社会通念からしてこの券は独自の使用価値を有するものではなく、又所持者にとつて主観的の価値ある物でもない。従つて、この券は法の保護に価する財物でないと思料される。よつて本件窃盗事件は未遂であるというべきである。ところが、原判決は、この買上券一枚を以つて刑法上保護される財物と認めて、被告人に対し窃盗既遂の責任を負わせたのであるが、以上の次第からして、是の事実を誤認し、この誤認は判決に影響を及ぼすものであるから原判決は破棄さるべきである。

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